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IFRS対応プロジェクト最前線 Part38:IFRS適用の対応コスト(2015/6/9)

4月15日に金融庁から「IFRS適用レポート」(以下、本レポート)が公表されました。
同日開催された企業会計審議会会計部会では、委員全員から絶賛されたものです。

本レポートは、IFRSを任意適用したか、適用することを正式に公表した企業を対象にアンケートとヒアリングを行った調査の結果報告です。

調査の具体的内容は以下です。

1. 質問調査票調査:
(1) 2月28日までにIFRSを任意適用した企業(40社)
(2) 2月28日までにTDnetで適用予定を公表した企業(29社)
    計69社(国内非上場企業2社を含む)
うち、回答企業は65社(回収率94.2%)。

2. ヒアリング調査:65社のうち28社に対して直接実施

一般的にこのような調査は、中立かつ公平に行われないことも多いので、注意が必要です。

特に、本適用レポートは、日本においてIFRSの任意適用企業の拡大推進のために、金融庁自らが作成したものです。

つまり、持っていきたい方向性(任意適用の拡大促進)があって実施された調査であり、まとめられた報告書なのです。

ここで、私が関心をもったポイントは、IFRSを任意適用した企業が、実際にかけた「コスト」(IFRS移行コスト)に関する調査結果とその報告の仕方です。

本レポートの9ページ目に以下の図2があります。



この図を示しながら、金融庁の油布企業開示課長は、企業会計審議会会計部会で、以下のような説明をしています。

<以下、抜粋>
ここから1つ読み取れることは、山が2つあるということです。
ちょうど「1億円以上、5億円未満」というところに1つの山がありますが、一番左の「5,000万円未満」というところにももう1つの山があるということでございます。

この5,000万円未満といいますのは、相対的にもちろん売上規模が小さい会社が多いということです。
(中略)
このトータルでの移行コストにつきましては、まずIFRS導入の目的やメリットとして何に重点を置くかということでも変わってくるということでございます。
経営管理の高度化というものに重点を置いた移行のやり方をする場合には、システムの全面改修まで行われるということがございます。
そういう場合には、期間やコストも比較的かかるということでございます。

他方で、IFRSの導入のメリットとして、同業他社との比較可能性、あるいは投資家への説明の容易さを挙げた企業が多くございましたけれども、こうした企業の場合には、場合によっては連結仕訳による調整だけで対処する、あるいは連結仕訳の調整中心に対応するということが考えられるということで、このパターンの場合には全体のコストは比較的小さなものになるということでございます。
(中略)
やはり規模が相対的に小さく、かつ単一事業であるような場合には、こうした対応が可能になることが多いということでございます。
<抜粋以上>

この説明を、皆さんはどのように受けとめ、感じられるでしょうか。

私は、今後IFRSを適用する企業を拡大推進させていく上で、ポイントになるのは、上場企業の中でも中堅クラス以下の企業だろうと思います。

大規模企業は、グローバル展開している企業が多く、日本経済に少なからぬ影響力があるとの自覚があるということと、移行コストを負担できる能力も高いので、放っておいても対応していくでしょう。

金融庁は、そちらよりも中堅クラス以下の企業を心配しているように感じます。

そこで、「IFRS移行コストはそんなにかかりませんよ」というメッセージを伝えたいのではないでしょうか。

さらに考えたくはないかもしれませんが、近い将来「強制適用」となった時にも、中堅クラス以下の企業が不安に感じている「移行コスト」については、「そんなにかからないことは、すでに調査で判明しているから問題ない」という根拠に使われるのかもしれません。

ここで気になる情報があります。
2015年3月4日の日本経済新聞朝刊(1面トップ)の記事です。
この記事の最後の文章は、
「金融庁は過去に15年から国際基準を強制適用することを検討したが、東日本大震災の影響で11年6月に強制適用を延期した。」
というものでした。

ところが、同日の日本経済新聞電子版の記事では、
「金融庁は過去に15年から国際基準を強制適用することを検討したが、東日本大震災の影響で11年6月に強制適用を延期した。」
という文章の次に、以下の文章が追加されていたのです。
「元金融庁長官でIFRS財団の佐藤隆文評議員は『採用企業が増えれば強制適用の議論にも影響する』と話す。」

これは聞き捨てならない文章です。

今後IFRSの任意適用企業が増えていけば、「強制適用」を検討し始めるということです。

2013年6月に金融庁企業会計審議会が作成した「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」(いわゆる「当面の方針」)で、文字通り「当面先送り」された「強制適用」について、検討を始めるということです。

その時に、2009年から2010年にかけて、日本中が「IFRS襲来」などと大騒ぎになった反省を踏まえて、「強制適用になってもそんなに大したことにはなりませんよ」という「伏線」を、本レポートで貼っているようにも思われます。

たかが新聞記事ですが、金融庁の元長官のコメントということでもあり、おろそかにはできないように感じています。

【文中の参考資料のリンク】

金融庁が今年4月15日に公表した「IFRS適用レポート」は、以下のリンクから入手できます。
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/kaikei/20150415/01.pdf


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Part2:連結の範囲 (2010/8/30)
Part3:棚卸資産会計(2010/9/27)
Part4:IFRS適用時期(2010/10/05)
Part5:海外子会社の機能通貨(2010/10/12)
Part6:収益認識(FOBとCIF)(2010/11/8)
Part7:初度適用と海外子会社のPL換算(2010/12/29)
Part8:IAS第16号の「一会計期間」は「一年」(2011/1/14)
Part9:海外子会社の機能通貨(その2)(2011/3/7)
Part10:子会社の会計方針の統一(2011/3/28)
Part11:IFRSは時価会計的でM&Aのためにある(2011/7/25)
Part12:IFRSは投資家にとっても役に立たない(2011/8/1)
  Part13:300万円ルールなどがないIFRSではすべてのリースがオンバランスになる(2014/2/24)   
  Part14:開示義務の明文規定がある場合には、すべて開示しなければならない(2014/5/9) 
 
勝手に解説『山田辰己理事のIASB会議レポート』
Part1:連結子会社の開示
 (2010/8/17)
Part2:概念フレームワーク
 (2010/8/23)
Part3:アメリカの動向(2011/8/23)
 
『グループ法人税制が与える連結決算への影響』
Part1:固定資産未実現に係る税効果の会計手続き(譲渡損益調整資産の取扱い)(2010/9/7)
Part2:連結法人間の寄附金に係る税効果の会計手続き
(2010/9/13)
Part3:中小特例の取扱い(2010/9/21)
 

『やさしく深掘り IFRSの概念フレームワーク』
『やさしく深掘り IFRSの有形固定資産』
『わかった気になるIFRS』
『連結経営管理の実務』
『内部統制のための連結決算業務プロセスの文書化』


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